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徳島地方裁判所 昭和40年(行)4号 判決 1967年9月29日

原告 森本良昭

被告 徳島県知事

訴訟代理人 上野国夫 外四名

被告補助参加人 西崎喜一 外九名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用(参加によつて生じた費用を含む)は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原告の本訴請求は、要するに、原告が別紙目録記載の各土地(以下「本件土地」という)の所有権者であることを前提に、右各土地について被告知事がなした自創法による農地買収ならびにその売渡しの各処分(かかる処分がなされたことは当事者間に争いない)の無効確認を求めるにある。

被告は、これに対し、原告とその前主との間の本件土地に関する売買が無効であるから原告は当初から本件土地の所有権を取得していないこと、かりにそうでないとしても本件土地につき農地売渡処分を受けたものないしその承継人らに取得時効が完成しているからそれに因り原告は本件土地の所有権を喪失するに至つたこと、を理由に、いずれにしても原告は現に本件土地の所有権者でないので本件訴訟につき訴えの利益を有しないと主張する。

農地買収・売渡処分無効確認の訴えは、その判決の効力によつて、当該処分が本来無効なのに拘らず表見上それが有効視され処分の目的たる農地の所有権が第三者に移転した外観を呈しているために原告の所有権の享有につき現に生じている不安・危険を排除・解消することを目的とするものであるから、被告の主張するような事由が存するとすれば、原告は本件土地の所有権を有しないことになり、原告にとつて本件土地の所有権に対する不安・危険の排除・解消などということは無意味に帰するのは明らかなので、かかる場合、原告は本件土地についてなされた農地買収・売渡処分の無効確認を求める訴えの利益を有しないというべきである。

二、そこで、右のような訴えの利益を失なわしめる事由の存否につき審究することとし、まず、本件土地の売渡を受けた者ないしその承継人らの時効取得の点を考えてみる。けだし、時効制度は過去の法律関係の存否・その有効・無効の詮索をすることなく、長期間継続した事実状態に基き権利・法律関係を明確化しようとするものであるから、訴訟上時効の主張がなされた場合には、その性質上、他の法律関係の主張に先だつて、まずそれにつき判断するのが最も適当と解されるからである。

ところで、本訴においては、本件土地の売渡を受けた者ないしその承継人らが被告補助参加人(補助参加することに原告は異議がない)として本件土地について取得時効を援用し、被告が補助参加人らの援用によつて確定した時効取得の効果を原告に対する本訴確認の利益を否定する訴訟上の攻撃防禦の一方法として主張していることは、明白である。時効の援用はそれにより直接利益を受ける者に限りなしうるから第三者たる被告にはその援用権なく、従つて被参加人たる被告が自己の攻撃防禦の方法として、時効を援用できない以上これに従属する補助参加人らも訴訟上攻撃防禦の方法として時効援用することは許されないとする議論もなくはない。しかし、右補助参加人らのなした時効の援用は、訴訟外における時効の援用と、その結果生じた所有権の変動の結果を、被参加人のため訴訟上の攻撃防禦方法とし主張しているものとも解し得られないわけではなく、かつまた、原告が被売収農地たる本件各土地に対する所有権の回復・確保を最終の目的とし、その手段として本件訴えを提起したものと解し得られるところからすれば、被告補助参加人らが本件買収・売渡処分の無効を前提とする本件各土地の現在の権利関係における所有権行使者として存する以上、同人らは当該権利関係をめぐる紛争の実質上の一方当事者たる地位を占めることが明らかであり、かつ、行政事件訴訟法が無効確認の訴えに同法三二条一項を準用こそしていないが、しかし本件買収売渡処分の効力がかりに否定されれば、参加人として、右訴訟に関与した以上、主文においてなされる各処分の無効の判断は補助参加人らを拘束し、従つて、補助参加人らの権利取得原因も別訴において否定される関係にあるところからすれば、同人らは行政事件訴訟法二二条一項にいう訴訟の結果により権利を害される第三者と同様の地位にあるものというべきである、叙上のような補助参加人の実質的地位にかんがみれば、旧行政事件訴訟特例法下の無効確認の訴えに右のような地位を有する者が、行政事件訴訟法二二条による参加をせず単なる民事訴訟法上の補助参加をしたにすぎない場合でも、同法三八条、二二条四項の規定を類推し、補助参加人は単純に被参加人に従属せずして参加人固有の資格において独自に攻撃防禦の方法を提出しうるものと解するのが相当であり、従つて、自己に取得時効の完成したことを本件訴えにおいて援用することは何ら妨げないものというべきである。

三、原告と被告補助参加人らとの間で、本件係争にかかる別紙物件目録記載の土地が、同目録「売渡日」欄記載の日に「売渡処分の相手方」欄記載の者に被告から自創法により売渡されたこと、売渡を受けた者らが即日その土地の占有を開始し、爾来所有の意思をもつて平穏公然に占有を継続してきたこと、同目録記載(1) の土地は昭和三八年二月二六日売買により補助参加人西崎喜一が前主今治省一からこれを取得し、併せて前主の占有を承継したこと、同目録記載(4) の土地は昭和三四年六月二七日相続により補助参加人松原隆義・同松原孝子が各二分の一宛前主松原カメからこれを取得し、併せて前主の占有を承継したこと、同目録記載(9) の土地は売渡処分後昭和二八年一一月二〇日小松島市和田島字遠見八四番の二、同所同番の四各田一反歩に分筆され、八四番の二の土地は同日売買により補助参加人植田富貴が前主竹森甚吉からこれを取得し併せて前主の占有を承継し、同番の四の土地は昭和三四年三月一七日相続により竹森博昭が前主竹森甚吉からこれを取得し、併せて前主の占有を承継し、更に同三六年六月二一日売買により補助参加人真田隆義が右竹森博昭からこれを坂取得し、併せて前主の占有を承継したこと、右補助参加人らが上記占有の承継後今日に至るまで所有の意思をもつて平穏公然にそれぞれの土地の占有を継続してきていること、以上の各事実は争いがない。

原告は、前記売渡処分を受けた者らは本件売渡処分が非農地を農地と誤認してなされた無効の処分であることを知つていたので、占有のはじめにおいて善意無過失とはいえないと主張するが、右売渡しを受けた者らが善意なりしことは、各自の有する占有により推定され、これに反し右の者らが正当な権限なきことを知つていたとの悪意の点の立証は何処にもないのみならず、およそ権限ある行政庁が行政処分の適法要件ありとして売渡処分に及んだ場合、処分の相手がその認定を信頼し、処分がすべて適法・有効になされたと信ずるのは当然であるから、処分の相手方に、原告主張の如く、本件土地の買収売渡当時の現況が全くの非農地であることが明白に認識され得、買収等処分の要件の存在を肯定した処分庁の認定に重大明白な瑕疵があり、その処分成立の当初から誤認であることが外見上客観的に看取し得られ、何人もその処分の適否について疑問をいだくような瑕疵が顕われていたにもかかわらず、売渡しを受けた者らがこれを怠慢により不問とした等の如き特段の事情のない限り、売渡処分を受けた者らの善意無過失は失なわれないというべきである。ところで、本件で右の如き事情が存するか否かにつき判断するに、<証拠省略>ならびに当裁判所の現場検証の結果に、本件土地のうち別紙物件目録(2) 及び(9) の各土地がいずれも農地(田)であつたこと、被告補助参加人らの占有すると主張する各土地の位置及び範囲が<証拠省略>(小松島市和田島町遠見平面図縮尺六〇〇分の一)に図示する該当地番の個所に該当するものであること、の当事者間に争いなき各事実ならびに弁論の全趣旨を総合すると、本件土地は土地台帳上にはかつて原野として登録され、いずれも原告の先代亡森本保郎の時代から既にその所有であつたが、大正及び昭和にかけて開墾され、いずれも同目録「売渡処分の相手方」欄に記載する者らによつて継続して耕作され、買収処分当時、前記当事者間に争のない田である同目録(2) 及び(9) 以外の土地はいずれも畑として右耕作者らにおいて麦ないしいも等を収穫していたこと、本件土地はその週辺一体が海岸に近く、元来砂丘状の土地で砂質の土壌ではあるが、そのうちには前記田の如く耕作に適した農地であること疑いのない耕地があるばかりでなく、その余の畑のなかには収量において劣る土地も介在していることを認めうるにしても、いずれも肥培管理を施した耕作地であつたことをうかがうに足り、他に本件土地が買収当時非農地であることを立証する証拠は何もない。従つて買収当時本件土地が非農地であること明白であつたとの原告の主張は到底これを認めるに足りる証拠がなく、右耕作地がたとえ現況において自創法上の収穫の著るしく不定な農地にあたるべきものだと認め得られたとしても、その事実のみでは本件買収等処分の無効原因とはなし得ないから、売渡しを受けた相手方ないしはその占有承継人らたる被告補助参加人らに前記推定を覆えし過失の責を負わしめることのできる特段の事情は認められない。よつて被告補助参加人らないしはその前主が、被告県知事の売渡処分により本件土地の所有権を取得したものと信ずるにつき過失はなかつたものと認めるのが相当である。

されば、本件土地はその売渡を受けた者らが占有を開始した日、すなわちその売渡処分日の翌日から起算して各一〇年を経過したとき、別紙物件目録記載の(2) 、(9) の土地については昭和三三年七月二日、その余の各土地については同年一〇月二日の満了と共に売渡を受けた者ら(ただし同目録記載(9) の土地についてはその承継人たる植田富貴)について取得時効が完成したものというべく、その者らにおいて本件買収・売渡処分の効・無効とは無関係に、確定的にそれぞれの土地の所有権を取得しこれにより原告はいずれにせよ確定的にその所有権を失つたというべきである。

四、以上の次第で、本件土地につき原告が所有権者たる地位を確定的に喪失した以上、その余の点について判断するまでもなく本件訴えはその利益を欠くものというべく、不適法として却下を免れない。

よつて本件訴えを却下することとし、訴訟費用ならびに参加によつて生じた費用の各負担に関し民事訴訟法八九条、九四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林田益太郎 藤浦照生 神作良二)

別紙<省略>

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